「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)

 

~SRI H.W.L.POONJA

崎山綾子翻訳

 

 

 

第10章 空家の盗人 ☆Part4

(サイト管理者より・・・・画面構成の都合上、章全体を複数ページに分割して掲載します。用語解説は各ページ末に収録)

 

☆Part1 ☆Part2☆Part3☆Part5

 

 

 

 

 

前ページ(Part3)からの続き・・・・

 

 

 

 

恐れと死の恐怖


 

 

  恐怖は死として出現する。

  「私は肉体だ」という考えが恐怖の源泉だ。
  この恐怖を取り除くために毎日瞑想しなさい。
  恐怖がやってきたら、それを愛しなさい。
  それが消えたら、それに執着しないことだ。

 

 

Q:私の人生で多くのことを変えましたが、まだ傲慢さと恐れが残っています。


 
何を変えたのかね?

 

 

Q:モラルと振る舞いを変えました。ドラッグとお酒をやめました。私は自由でありたい。恐怖から自由でありたいのです。どうか、これらの全てを解放する道を示してください。


 

  あなたには恐怖と傲慢さと誇りがあると言う。それを取り除く方法を教えてあげよう。


    恐怖、傲慢さ、誇りを見つめなさい。
    それを取り除きたいのなら、それを見つめなさい。
    誇りと傲慢さが問題を引き起こす。
    それから見返りを得られたためしはない、
    だから謙虚でありなさい。
    あなたがすることは、やり手の傲慢さで真我を隠してしまう。
    傲慢さはこの時間のない瞬間を無視する。
    傲慢さは「私は肉体」だ。
    傲慢さを取り除くと、悟りは自発的に起こるものだ。
    「私は何で何です」が最初の傲慢さ、
    そして、「これは私のもの」が二番目。
    これらを見てごらん!


 あなたが対象化しているものを見つめると、見つめることによって主体は対象とは異なったものだと確信できる。だから、恐怖、誇りを見てごらん。そうするとそれらは対象になって、あなたは主体になる。

 あるいは、「見られるもの」を見ている「見ている人」になる。今、やりなさい。何かが対象化されたとき、あなたは主体になる。あなたは「見ている人」で「見られるもの」ではない。それでは、一体誰が「見ている人」か見つけだしなさい。

 何かを感じるためには五感が必要だ、見るための目、嗅ぐための鼻と…。見るための目にとっては視覚の対象が必要だ。しかし、あなたは感覚の対象でも感覚でもない。あなたはこれらとは異なっている。

 単純にこれを理解しなさい。理解しようと努力しないことだ。単純に、対象の全てからあなた自身を引き離しなさい。識別してあなたが見ている全ての物はあなたではないと知らなければならない。一度これをやり遂げたら、あなたの人生の目的は満たされたことになる。あなたが本当に誰か知ることだ!!

 「ここ」の教えは非常に古いものだ。25000年前、それはベーダに書かれた教えだ。


    あなたは誰か、
    見つけだしなさい。
    他に何も必要ない。
    あなたは「これ」を見つけ出すことができる。


 しかし、人々はこの教えを見失ってしまった。彼らはこの教えには無関心で苦しんでいる。一度これをやり遂げたら、それを「一瞥」とは言えない。


 だから今やりなさい。一瞬でよい。これが「それ」を知るのにかかる全てだ。延期しないことだ。「私が年をとって引退したら瞑想しよう」と彼らは言う。しかし、次の瞬間を予想することはできない。

 だから、今やりなさい。「それ」は知恵、「それ」は光だから、「今」手に入れることができる。この光をいつも「今」ラクナウで見ることができる。延期しないことだ。

  
    光、知恵を見るためには努力をしないことだ、
    マインドに一つの思考もわき上がらせないことだ。
    そして、静かにしていなさい。
    これが私の言うトリックだ、

    それには一瞬必要なだけだ。


 多くの人がやり遂げた。あなたも「今」それをすることができる。延期しないこと、努力しないこと! 努力するとは「時間をかけて達成されるべき何かになる」という意味だ。

 

 

Q:私はやってみます。


 

「やってみます」ということは、未来に延期しているということだ。だから、やろうとしないこと、努力しないこと、どんな思考も起こさないこと。それをやり遂げようが、やり遂げまいが、気にしないこと。

 さて、次は何かね? あなたが言うべきことは何も残されていないはずだ。「私はただ存在する」と宣言する以外に何も残されていない。さあ、話しなさい。言ってごらん。
  


Q:「私は存在する」! それは本当です!!
  


 

Q:私の人生で私を平和から遠ざけるものが多すぎます。私の多くの友人達も含めて。どうか助言して下さい。


 

 まず最初に、あなた自身の本当の友達を持つ喜びを感じなければならない。そうすると、あなたの顔つきは変わってあなたの友人も変わっていく。ここに二,三日滞在したらそれが起こる。今、あなたの顔と目には恐れが現れている。あなたは恐れを抱くには若すぎる。

 私が若いときはヒマラヤの森の中で虎や象に顔と顔をつきあわせたものだ。私は精神的にも肉体的にも大変な強さを持っていたので、それらを恐れることはなかった。それらが攻撃してきたら素手でそれらを殺すことができると確信していた。この位私には力があった。

 なぜ、恐れるのかね? あなたが言わなくても私があなたの子供時代に遡って見つけだそう。あなたの両親がこの恐怖をあなたに与えたのだ。クリケットの試合の後で私的に話そうか?それとも今もっと続けたいかね?

 

 

Q:今です!どのようにして恐怖をストップすることができるのですか?どのようにしてエゴから離れていられるのですか? 私には自分自身や他の人を虐待する傾向があります。


 

 恐れはマインドからやって来る。それをストップさせるためにはマインドがどこからやって来るのか見つけだすことだ。

 

 

Q:私のマインドは私の頭の中にあります。


 

 この頭はどこからやって来るのかね? 眠っているとき、頭が見えるかね?

 

 

Q:いいえ、見えません。


 

 だから、頭も又そこにはない。それではマインドはどこからやって来るのかね? マインドとは思考を意味し、思考とは「私」を意味しているのだ。「私」とマインドの間には何の違いもない。「私」が起こって来るとき、マインドが起こって来る。

 だから「私」がどこから起こって来るか見つけ出しなさい。あなたが生まれたときからあなたは「私」という言葉を使っている。執着している私、他人を虐待する私、自分を虐待する私、どれがこの「私」なのか? 
 
 この全ては、あなたが「私」の源泉を見つけると即座に止まる。今これをやりなさい。

 

 

Q:「私」がありません。


 考えているのかね?

 

 

Q:いいえ!


 あなたはどのようにして思考をとめるのかと尋ねた。これが「どのようにして」だ、これが方法だ!!考えるのを止めると、恐怖はないし、誰が虐待することができるのかね? 

 あなたが質問をしたことは良いことだ。全ての人が疑いを取り除かねばならない。内気で恥ずかしがらないことだ。尋ねることなしにどうして悟ることができるかね。あなたはここにいるのだから、疑いをここで取り除いてしまいなさい。

 

 

Q:恐れと不安は内なる意識のレベルと外の意識のレベルの両方にあるのですか?


 

 恐れと不安は唯一外なる意識のレベルにある。内なる意識のレベルには恐れは存在しないからだ。内なる純粋意識を見ると全く恐れはない。恐れを見つめなさい。

 あなたがそれに気づいていると、それは消え去る。あなたは恐れの目撃者だからだ。どこでこの恐怖を経験したのかね? 現在ではなく、過去から恐れを背負ってきたのだ。この恐れは子供時代から起こってくる!!

 あなたが恐れを捨て去るのを誰も助けることはできない。あなた自身でそれをやらねばならない。マインドを騒がせ続けている恐れの原因に行くことだ。何が原因でそれにどのように対処したらよいのか見つけ出しなさい。

 

 

Q:世界に対する、特に他の人達に対する恐れが募ってきています。
  

 

 それは、何かを隠しているという意味だ。さもないと恐れはない。

 泥棒が森に行くとき、後から来る人を彼を追いかけてきた警官ではないかと疑う。なぜなら、彼は隠すべき何かを持っているからだ。彼はいつも警官のことを考えている。

 だから、あなたが隠している何かがあるはずだ。それで人々や世界を恐れているのだ。

 

 

Q:私は怒りを隠しているようです。
  

 

 怒りと恐れは一緒に存在する。両方とも泥棒だ。どんな犯罪を犯したのかね? あなたが他の人に怒りを感じたとき、他の人にどんなことをしたのかね? 

 あなたの怒りは誰かを消すことだ。怒りと恐れは強暴な人間の敵だ。おそらくあなたは子供時代の何かを隠している。しかし、それを知らないのだ。

 それは幸運だ。今、あなた自身が恐れと怒りに直面し、自分自身を癒すときだ。全ての人がこの敵に直面するためにここにやって来たのだ。性欲、怒り、貪欲、全ての人がこれら三つの敵に痛めつけられている。

 

 

次ページ(Part5)に続く

 

 

 

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