「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)

 

〜SRI H.W.L.POONJA

崎山綾子翻訳

 

 

 

第8章「あなたがどこにいようとも私はあなたといつも一緒にいる」☆Part2

(サイト管理者より・・・・画面構成の都合上、章全体を複数ページに分割して掲載します。用語解説は各ページ末に収録)

☆Part1☆Part3

 

 

前ページ(Part1)からの続き・・・ 

 

 

Q:ラクナウを去って西洋に戻ってもよいでしょうか。私は準備が出来ていると思われますか?

     

 

 

 行きなさい、西も東もないのだから。それは地図の上にあるだけだ、マスターには西も東も存在しない。あなたがどこへ行こうともグルの臨在を感じるだろう。あなたが明け渡したのなら一歩一歩あなたを導くのはグルの責任だ。

     

 

 

 

Q:デンマークに戻ったら過去の習癖に戻るのではないか?と恐れています。

     

 

 

 デンマークに戻ったらあなたが元に戻ると、どうして考えるのかね? あなたは何かが変わると期待してラクナウにやって来た。そうして何かが変わった。

 

今は、最初にやって来た時のあなたとは違う人になっている。だからあなたが戻ったら、また元に戻ると考えないことだ。サットサンガにいつもいて、過去の状態に戻るという恐れを持たないことだ。

 

 あなたは決して変わることはない。この瞬間があなたに沈黙を差し出した。静寂と幸福。恐れないことだ。デンマークでサットサンガを持ちなさい。ここで起こったことを話して聞かせなさい。

     

 

 

 

Q:私は経験しましたが…

     

 

 

 この経験はデンマークにあなたと一緒に戻ることができる。あなたと一緒にいるに違いない。あなたは自由だというのが経験だ。それと一緒にいなさい。どうしてそれがどこかに行ってしまうことができる?

 

 自由を経験したなら「私は自由だ」は、いつもあなたと一緒にいる。

この経験を保持しようとするのではなく、それであるべきだ。さもないとそれは想像で理論にすぎない。

 

 

 

 

Q: どんな状況にあっても愛という輝やいた海に滞まるには、どうしたらよいのでしょうか。ウィーンでの私の人生のストレスを考えたら、このように滞まるのは難しいと思います。

     

 

 

 これは美しい経験をした後でほとんどの人が持つ疑問だ。あなたがここにいて説明してあげられるのは嬉しいことだ。まず最初にあなたはいつもこの経験と一緒に居たい。これは「いずれそれはなくなってしまうだろう」という意味を含んでいる。

     

 

 

 

Q:気づきを失うことは不可能ですが、ストレスの中で失うのは至福です。

     

 

 

 この経験をいつも保っていたいというのは、この経験を時間の中に持ち込みたいということだ。

 

 なぜこの経験を時間の中に持ち込みたいのかね。この経験が起こった時は時間を超えていた。時間の中で起こるものは全て価値がない。時間の中で手にいれるもの・・幸福や平和、あなたが愛する人はこの時間の中でいつか消えてしまうだろう。

 

 この無時間性が時間にやって来るべきだとなぜ望むのかね?  時間は死、不幸、過去、マインドを意味する。時間とマインドには何の違いもない。

 

 あるがままにしておきなさい。あなたは海に飛び込みたい、それなら一度飛び込んだら、戻って来ることはない。河が海に流れこむ時、河は海になって海として滞まる。河がその形と名前を失っただけだ。

 

 名前を取り除きなさい。意識には名前がない。名前と形を取り除きなさい。何が残っているのかね。名前と形を取り除いたら何が見えるかね。

     

 

 

 

Q:何もありません。

     

 

 

 この何もないことは、いつも何もないのだ。何かが時々あるのでもなく時々何もないのでもない(笑)今、明らかになったかね?

     

 

 

 

Q:はい、明らかです。

     

 

 

 オーストリアに戻ろうが、ラクナウにいようが何の違いもない。名前だけの違いだ。どんな名前も時間の中にある。しかし、意識は時間の中に存在しない。Very Good。

 

 どんな仕事もこの平和を妨害しないだろう。恐れることはない。問題はない。以前のようにあたなの仕事に巻きこまれることはない。以前は、あなたのエゴが全ての仕事をしていると考えていた。

 

 今あなたは、エゴを越えた何か、あなたの理解を越えた何かが全ての仕事をしているのだということを知っている。

 

 この源泉に滯まっていなさい。目に見えない何かによって動かされている肉体を通じて仕事がなされるのを見なさい。それが全て起こっているのをただ観察していなさい。

 

 顔の向きを変えて、逆のギアに入れて、エネルギーがやって来る所に顔を向けなさい。後戻りのギアにして、超えて行きなさい。思考がやって来る源泉を見つけて、あなた「自身」を「それ」と一体化させなさい。

 

 そうすると、至高の力の恩寵で全てが起こって行く。あなたの顔を永遠ではない対象にではなく、至高に向けなさい。対象を越えたエネルギーの源泉にあなたの顔を向けなさい。

 

 そうすると何もあなたの仕事を妨害するものはなく、それはあるがままに動いていると分かるだろう。

 

 

   ここで手にいれた何かが失われるのなら

   失わせなさい。

    あなたは失うものを得る為にここにやって来たのではない。

    決して失うことのない「それ」を知る為にここにやって来たのだ。

 

    失う可能性のあるものを熱望しないことだ。

    失うことができないもの、永遠のものがあなたのハートの洞窟に

    ダイヤモンドのように輝いて座っている。

    内を見なさい。

 

 

 

 

Q:今、木から一葉がやさしく、美しく、静かにおちて行くようにラクナウを立つことができます。海に抱かれて沈んで行くように感じます。私は感謝の気持とともに敬服します。あなたを私のハートの中に包んで帰ります。

     

 

 

 Very good、Very nice、木から落ちて行く葉には北や南に飛んでいこうという意図はない。意図とは何も関係ない。風と共に恩寵の風とともに飛んで行く。

 

 あなたはエゴという木から落ちて行く木の葉だ。今あなたは木と何の関係もなく、落ちるがままに、風がふくままに任せてどこへでも飛んで行くのだ。

 

 あなたがあなたの課題を終え、今戻って行くのは非常に嬉しいことだ。THANK YOU.

 

 

 

 

Q:多くの人が私の滞在は短すぎると言いますが、私には一瞬掛かっただけです。どのようにして、目醒め続けていられますか?  コミットメントがその方法ですか?

 

 

 

 そうではない。コミットメントではない。あなたは何にもする必要がない。「私であるものが私だ。」とただ感じるだけでよい。これはコミットメントではない。

 

 あなたはあなたで、あるがままだ。あなたが真我としてあったようにあり続けて来た。あなたがあるようにあるだろう。これはあなたの内なる信頼だ。「私であるものが私だ!!」

 

 他の何かを信頼するのではない。非常に簡単で非常に自然だ。何かになるのでもなければ、何かにならないのでもない。あなたのあるがままでいなさい。

 

 たとえ、不完全なまま去って行っても、何も得なかったと感じても決して時間の無駄にはならない。もしあなたが何も得なかったというなら、あなたは正しい。私は何も与えていないのだから。あたなは何も得ることはない。

 

 無駄な時間はサットサンガにはない。たとえ今、何も役に立たなかったとしても、これはいつか効果を現す。効果はきっと現れる。誰も失望することはない。時期が熱したら、ここで話された全ての真理はマインドに突進するだろう。

 

 

 

 

次ページ(Part3)に続く

 

 

 

 

 

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